防災の良い選択(防災良選)

助かる方法(防災マニュアル)
ウェブで「地震」「防災」などの検索語で検索しても科学的な解説や実際に起きた災害による被害状況など客観的なものがほとんどです。被災者になる可能性はだれしもがもっています。助かるのは単なる運でしょうか。運だけで済ませて諦めてよいのでしょうか。親、子、孫など家族や親しい人たちを悲しませないようにするためにに助かることです。被災者にとって一番必要なのは大震災などの大災害から助かる防災の方法(防災マニュアル)なのです。大人から子供まで防災意識を常につちかうことが必要かつ大切なのです。防災というと防災の日などに行われるようなヘリコプター、艦艇、特殊車両を用いた防災訓練の派手なところに目が行きがちですが、老若男女関係なく私達一人一人の地道な防災意識の積み重ねが助かることの基本なのです。

東日本大震災から学ぶ防災

防波堤や防潮堤などのインフラの設計外力を超えたのが東日本大震災です。宮城県東松島市のように築堤資料館のように防災ハザードマップで指定された避難所でさえも津波に襲われ住民が流され犠牲になりました。防災ハザードマップで指定された避難所が安全でなかったという証明です。東松島市のほかでも指定された避難所で流され住民が犠牲になったところも少なくありませんでした。インフラ依存の防災の限界を痛いほど知らされたのが今回の千年に一度といわれる東日本大震災なのです。
東日本大震災では釜石の奇跡といわれるように「津波てんでんこ」のキャッチフレーズ通りに行動したため津波によって死亡した人がいませんでした。「てんでんこ」とはたとえ家族であろうとも、かまわずにわき目を振らず逃げるという意味です。あまりに薄情な・・・と思われる方もいるかと思いますが、実際には、当時釜石では大人や大きい子供たちはベビーカーや老人の車椅子を押しながら避難したのでした。これこそ地道な防災教育の積み重ねによる防災意識なのです。普段から幼児や動きの不自由な老人の避難について育んできた防災意識なのです。釜石の奇跡といわれる背景には十分納得しうる防災意識の積み重ねがありました。釜石市を含め三陸沿岸は過去にもたび重なる三陸地震津波の被害を被ってきました。そのようなことから釜石市は防災教育に取組み、市教育委員会は釜石市防災支援事業として、釜石東中学校を防災教育支援プログラムの開発実践協力校として指定しました。そして東日本大震災の前の年の2010年に宮古工業高校を招待しての津波授業、安否札の配布、EASTレスキュー隊員1級合格者の確保、鵜住居小学校との合同避難訓練などのプログラムを実施し、独自の防災教育を展開していました。この釜石東中学校と隣接する鵜住居小学校との過去に2度行われた合同避難訓練が釜石の奇跡を生んだといっても過言ではありません。文字通り何事三度が東日本大震災本番となったのです。鵜住居小学校では「自分の命を自分で守る知識をつけそれに従って行動する。」ことを防災教育の目標にしていました。小学校を卒業すると隣接する釜石東中学校に入学するのですが、小学校で防災教育の基礎を培ってきたので、中学校では「助けられる人から助ける人になる。」ことを防災教育の目標にしました。中学生は保育園の幼児らを乗せた手押し車を押し、小学生の手を取り、年寄りの手助けをして坂を上ったのでした。「釜石の奇跡」として大きく報道されましたが、当事者である先生や生徒にはそのことに違和感を感じているようです。これは防災教育による防災意識の実践に他ならず奇跡ではなく当然の結果だと受け止めています。この子たちは将来の災害にもたくましく生き延び、助ける人になったのです。

キーワードは「防災」

防災のシュミュレート

防災の日の防災訓練や防災設備の充実などに見られるように国や地方公共団体ともに東日本大震災以後、特に防災には力をそそいでいますが、それに安心して全て頼るのではなく、自分なりの防災意識を持ち来るべき新たな大震災に備えることが大切です。
極限の状態で最後に自分の命を守れるのはあなた自身なのです。自己の防災意識を絶えず高めることがあなた自身のためなのです。たとえば自宅で大震災に遭遇した場合を想定して家のどこに避難するのが良いのかシュミュレートしておくのです。また大震災との遭遇場所が職場、街中、駅構内など普段の生活圏内で避難のシュミュレートする心がけが必要です。その心がけをつちかうことで、出張先や旅行先で大震災に遭遇した場合の避難のシュミュレートが自然にできるようになります。
防災訓練参加者 横浜山下公園

東日本大震災で人命救助に活躍した災害救助犬にもペットサプリメントは欠かせません。

ページTOP